*⁂*乳がんと私-病が導いた本当に望む「人生」との出会い-*⁂*

乳がんを宣告されて今年で6年目。看護師である私の闘病体験を通して、自分らしさや女性としての生き方について考える時間を提供します。

【まとめ:痛みについて理解を深める】乳がん手術後の経験を踏まえて

みなさん、こんにちは。

miraiです。

 

前回までは、手術後の数日間について経験した事をお話しました。

 乳がん手術後数日で経験した事

 

今日は、「乳がん手術後の痛み」に焦点を当ててお話したいと思います。

乳がんの手術は臓器にメスを入れないから、それに比べたら楽なんじゃない?」

と言う人がいます。

中にはこの言葉を聞いて安心する方(これから手術に臨まれる方など)

もいらっしゃるかと思います。

「他の人はもっと苦しいんだから私は耐えないと・・」と思う事で

自分が落ち着くのでしたらそれでも良いかもしれません。

 

痛みは「主観」で感じるものです。

私見を申しますと、他の人と比べる問題ではないと思っています。

一番大事なのは「自分にとってどの位強い痛みなのか、そしてどの位辛いのか」

について医療者に伝える事です。

 

  • 日本人と痛みの関係性

 日本には「痛みは出来るだけ我慢する」ことが美徳とか、‟そうするものだ”

という価値観があるようです。

これは、自分のことを考えても、医療で出逢う様々な場面でも、そうだと思います。

痛みをなくすために薬を使用することを極力避ける傾向にあるようです。

 

私は歴史とか人類学などの専門家ではないので、

なぜ日本にこの様な価値観があるのか、少しネットで調べてみました。

人類学的に民族間での痛みに対する価値観と言いますか、

閾値の違いについて書かれているサイトもありました。

ですが、なぜ日本が文化的に「痛みに耐えるべき論」が根強いのかについて

分かりやすい説明は中々見つかりません。

 

代わりに、現代日本人が「痛み」に対する認識について行った

製薬会社ファイザーの調査をご紹介します。

 

www.pfizer.co.jp

引用:「依然として「我慢は美徳?」慢性疼痛を抱える人の7割近くが「痛みは我慢するべき」と回答。長期に痛みを抱えていながらも、3人に1人は医療機関に通院していない受診するきっかけは、「日常生活に大きな支障が出たとき」が6割以上で最多。」

 

 この調査結果をまとめた、日本人の痛みに対する価値観を
おおよそ反映している項目を抜粋すると:

  • 「痛みがあっても我慢するべき」と回答した慢性疼痛を抱える人は7割近く(6%)にのぼった。2012年の74.3%より減少したが、依然として多くの人に我慢の意識が根付いている。
  • 「痛い」と簡単に他人に言うべきではないと半数以上(1%)が回答し、
    2012年と同程度(55.7%)。
  • 長く続く痛みに対して「痛みが治ることを諦めている」と回答した人は約7割(1%)と、多くの人が痛みが治ることを諦めている実態が明らかに。

 

と、5年間を経ても価値観自体が大きく変化する事はなかったことがわかります。

他にも都道府県毎に疼痛に関する考え方の違いなども載っていますので、

興味のある方はサイトを覗いてみて下さい。

 

4年前の調査とは言え、「痛みを我慢するべき」とする傾向はまだまだ日本人には根強いと言えます。

 

  •  日本での痛みに対する啓発

 私が看護師になって10年程経った時(今から約十数年前笑)、

東京にある有明がんセンターで行われた「疼痛コントロール」のセミナーに参加した時

は、正直「目からウロコ」でした。その際に講師の先生が仰っていた事は

 

日本の疼痛コントロールは、残念ながら進まない。

‟痛みは耐えるもの”、‟痛み止めの薬を使うのはなるべく避けるもの”

という価値観が根強く、実は医師の中にもこの様な考えを持っている人が

まだまだ多い。例えば、末期がんの患者さんに対するモルヒネ投与を

警戒する医師の主な意見は‟モルヒネを投与すると死期が早まる”

というものだが、これには科学的根拠が乏しい。

 

我々疼痛コントロールを専門にする医師は、

疼痛による心身に与える悪影響の方がはるかに怖いことを知っている。

 

というものでした。

 

遥か以前の事ですので、疼痛コントロールの啓発が始まったばかりだったと

言えるかもしれませんが、この講義では非常に有意義な最新研究の報告

と効果的な鎮痛薬使用法が解説されました。

近年になって、医療者向けの啓発は進んできたのかもしれませんが、

前述した調査結果も示している通り、一般の人々にとってはまだまだ

「痛みは耐えるもの」という認識が強いようです。

 

  •  痛みの定義とメカニズム

 ここからは、「痛みの機序と分類」日本ペインクリニック学会を参考にして、

痛みに対する基本的な知識を理解して行こうと思います。

 

痛みの認知は、痛み刺激が数ヶ所で神経を介して最終的に脳に到達し、

「痛み」として認知されるそうです。

 

世界疼痛学会によりますと、痛み(pain)は “An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage” と定義されています:

 

組織損傷(tissue damage)やそれらの損傷に関連して(described in terms of such damage)伴う不快な感覚であり、情動体験である(unpleasant sensory and emotional experience)。

 

 このサイトでは『組織の損傷』で他覚的に確認できる傷や病変などは他者からの共感を

得られるが、『損傷に関連する痛み』のような目に見えない病変などによる痛みは、

他者からの共感が得られにくい、と解説しています。

そして、この点が、医療者による疼痛治療を難しくさせている点だ、

と言及しています。

 

また、痛みがその他の心身両面に複合的な影響を及ぼし、

痛みそのものの知覚を複雑化させる、としています。

難しいことに、客観的な病変が発見できない患者さんが痛みを訴えた場合、

医療者はほぼ「これは心理的なものだ」と結論づけてしまう傾向もあります。

いづれにしても、組織の損傷があろうがなかろうが、痛みは本人しか分からない、

主観でしか測定できないものである事には変わりありません。

 

 乳がん手術は、腫瘍の部位や大きさ、リンパ節転移の有無などによって違います。

部分切除で済む場合は、組織損傷の範囲がそれ程大きくないので、

全摘に比べ相対的に痛みが少ない場合が多いです。

摘出範囲が広く組織損傷が大きくなるにつれ痛みは大きくなるでしょう。

更に、腋窩リンパ節を摘出した場合は、患側の腕が浮腫んだり、

鈍い痛みが続いたりします。

 

また、「慢性疼痛治療の専門医による痛みと身体のQ&A」では、

乳房切除後疼痛症候群(Post-Mastectomy Pain Syndrome:PMPS

に関する解説があります。

PMPSとは、乳癌の手術後に、数か月以上経過しているにもかかわらず、傷痕の部位や胸部、脇の下、二の腕の内側が痛みや違和感、また熱を持ったり腫れたりする症状を有する症候群の事で、このような状態は決して珍しくなく、乳がん手術後の一定の割合の方に生じてしまう。

 更に

「乳房切除後疼痛症候群の原因はまだ十分には理解されていません。
一説には手術の時に神経を傷つけているためと考えられています。
また、手術でメスを入れた部位に長く続く炎症が起きており、
痛みが続いているとも考えられています。
その他、放射線療法や化学療法でも起こる方もいます。」

 と説明が加えられています。

 

このブログ内では、PMPSについてではなく、

術直後から2~3週間の間に自覚する痛みについて考えて行きます。

 

私は乳房内の乳腺全摘(リンパ節郭清なし)をしました。

痛みは・・それなりに強く、再建術で挿入したエキスパンダー

インプラントを挿入する前に空いた乳房内の空間を保つために入れられる液体の

入る袋)も入っていたので、圧迫感や患部全体の痺れも強かったです。

 

術後から3日間くらいは、背中から患部周辺のみに作用する痛み止めの管

(硬膜外麻酔)が入っていますので、ある程度疼痛のコントロールが効きます。

私は、どうやら硬膜外麻酔が原因の嘔気・嘔吐が強く出てしまったようで、

1日早くにこの管を抜く事になりました。

 

これが不思議なもので「今まで身体に流れていた痛み止めがなくなる」

と考えただけで、何とも言えない不安感が湧いて来ました。

吐気を我慢するか、痛みを我慢するか・・という究極の選択について

ずっと考えていました。

 

硬膜外麻酔を抜いても、点滴や内服で痛み止めを使えるのですが、

「点滴や内服では効かないのではないか・・」という未知のものに対する不安が

拭い切れませんでした。かと言って硬膜外麻酔で痛みを100%止められていたか、

というと、それもないのです。痛みそのものにたいする恐怖が色々な事を考えさせて

しまったのかもしれません。

 

10日間入院して、家で安静にしている間も何度か痛みが強くて集中出来なかったり

ぼんやりしたりする事が、退院後2週間くらいは続いたと思います。

 

  • 痛みが心身に及ぼす影響

 痛みは、主に心理面へ大きく影響を与えます。

痛みのために身体機能に制限がかかるだけでなく、

長引く痛みへの我慢は気持ちを沈みがちにさせ、鬱っぽくなる人も少なくありません。

痛みはストレスを増強させ、このストレスが元でうつ症状に関連するサイトカインが

脳内で産生されるためとも言われています。

集中力も出なくなり、不眠に陥る人も多くなります。

 

  • 鎮痛剤を使うと「依存症者を作る」「効かなくなる」は本当か?

 一方で気になるのが、「痛み止め薬」。

日本人が痛みを我慢する理由に、この「痛み止め薬」を使う事への抵抗があることは、

先程ご紹介したファイザーが行った調査でも明らかになっています。

調査参加者の半数近くが「鎮痛剤を使う事に抵抗がある」と答え、

その主な理由に「耐性がついて、いざと言う時に効かなくなりそう」「副作用が怖い」

などと報告されています。

同時に、鎮痛剤は痛みが増強してから使用すればするほど鎮痛効果が表れるのが遅く、

効果を実感しにくいことは知られていないようです。

 

術直後の疼痛コントロールは数日間、前述しました硬膜外麻酔によって行われます。

これに使用されているのは「麻薬」です。

その影響で嘔気・嘔吐が強く出たりしますが、同時に安定した鎮痛効果があるため、

術直後の疼痛コントロールにはほぼ慣習的に使用されます。

このことは術前に麻酔医より説明があるので、

不安がある方は何でも医師に質問して安心して手術に臨まれる事をお勧めします。

 

硬膜外麻酔が抜けると、痛み止めが内服で処方されます。

恐らくロキソニンなどのNSAIDsと呼ばれるお薬が出るでしょう。

これは抗炎症薬でもあるので、外科的侵襲後には良く使われます。

6時間以上の内服間隔を空けて1日3錠までを限度として内服が出来ますが、

これでも鎮痛効果が継続できない場合は、屯用のお薬が準備されています。

注射薬でも座薬でも、その時に使用可能な薬剤を医療者が提供してくれます。

 

一般的に言われている「依存性」とか「耐性」について簡単に触れておきます。

「依存性」とは、体内から薬物が一定以下に減り、薬物効果が無くなると禁断症状を引

き起こすもので、これは主に長期利用者が持つリスクと言われています。

「ペンタジン」という非麻薬系の鎮痛薬は、即効性のある鎮痛効果があるので

術直後には良く使われるのですが、中には「ふわっとする」とか「ちょっと気分が良く

なる」という精神症状を起こす人がいて、

依存状態を作りやすいことで知られています。

 

このペンタジン依存になると、医療機関を彷徨っては注射投与を希望するようになり、

国内でも多数の事例があるようです。

私が働いていた時は、一度使用しただけで「昨日使ったお薬が良く効いたから、

また使って」と希望する患者さんもたくさん見て来ました。

しかし、当時は良く分かりませんでしたが、この様な患者さんは以前から使用してきた

歴史がないかを見るべきだった、と改めて知りました。

 

ネットでよく見かける「鎮痛剤依存症」は、過度な薬剤摂取を繰り返した結果陥る状態

ですので、容量を守って、痛みがない時には使用しないという

普通の使用方法で簡単に防げます。

 

「耐性」は、体が鎮痛剤に対して慣れて来てしまい、

鎮痛までに使う薬の量がどんどん増えて行く事を指します。

長期間激しい痛みの続く疾病などでは薬剤耐性についての対応が必要になるでしょう

が、短期間であったり、頓服使用では正しい薬剤使用では起こりにくい

とされています。

 

副作用も薬剤毎に対処法があるので、大抵の場合は使用前に説明があります。

もし、副作用の説明がない時は医療者に必ず自分から質問して下さい

また、ロキソニンの様に胃粘膜保護薬と一緒に内服する場合もあります。

副作用のリスクを取るか痛みに耐える事を取るかは自分自身の判断ですが、

手術の様に時間の経過と共に無くなって行く一過性の痛みでしたら、依存性や耐性、

副作用などのリスクより、痛みが心身に及ぼす悪影響を心配するべきかと思います。

むしろ、痛みによるストレスで気分が落ち込んだり、

気分転換もままならない方が身体に障るとも言えます。

 

こうした「痛みが与える悪影響への知識不足」と

「鎮痛剤への誤解やネガティブな思い込み」が相まって、

日本人が疼痛コントロールに対して行う判断に

あまり変化を生じさせないのかもしれません。

 

私は、慢性的な頭痛持ちなので、1日に1回から数回鎮痛剤を飲みます

アセトアミノフェン系です)。

頭が痛くなりそう・・と思った段階で飲んでしまいます。

なぜなら、頭痛の辛さに耐えるのが嫌だからです。

ところが、乳がんの手術後、硬膜外麻酔が早めに抜けて痛み止めの内服が開始されてか

ら、それ以外の鎮痛薬は使いませんでした。

看護師さんに「点滴での痛み止めがありますから、痛い時は我慢しないで教えて下さ

い」と言われていたのも覚えています。

私もこの手の説明は、看護師として働いている時は決まり文句でした。

 

術直後の痛みは強いのです。動かなくても患部一帯がずっと痛くて重いのです。

痛み止めとして使われる薬剤も数種類予想がついていました。

もしかすると、今までの患者さんへの鎮痛剤投与後の効果について

あまり信用していなかったのが原因で、

「○○は効かなさそう、●●は依存になる確率が高い・・」などと、

私も誤った認識を持っていたのかもしれない・・。

でも、正直、自分でも自分がなぜ追加の鎮痛剤を使わなかったのか

はっきりとは分からないのです。

 

  • これから手術を受ける方々へ

 今回の記事で伝えたかった点は以下の6つです:

 

1)痛みは個人の「主観」で認知するもの=医療者を含む他の人に分かってもらうため
  にはためらわずに「どの様に痛いのか」「どの位痛いのか」「いつから痛いのか」
  を伝える事が大事。

2)痛みを我慢すると、心身に複合的な「悪影響」を及ぼす。

3)痛み止めを使う事は悪いことではない。術後数日は特になるべく除痛を意識する事
  が大事。痛み止めを使っても治まらない痛みは、何か他の異変が起きている可能性
  も示唆されるため、それも大切なシグナルになる事もある。

4)痛み止めは、痛みが強くなってから使用しても効きが遅延する事が多いので、
       ギリギリまで我慢しない事が大事。

5)術後などの急性期には、痛み止めを使っても即「依存症」を引き起こしたり、
  「耐性」を作る事例は少ない。

6)なるべく痛みのない(少ない)時間を多く確保する事で、
  精神的なストレスを減少させる事が大事。

 

 手術に限らず、身体に侵襲の加わる医療行為はどれも怖く感じます。

もちろん、苦痛を伴う事が避けられない事も多いですが、

一方で極力苦痛を感じさせない処置の方法も発展しつつあります。

 

外科的手術は、全身麻酔による侵襲に加え、範囲は様々ですが組織損傷による痛みは

どうしても生じます。術式や手術範囲などによって術後の経過は様々ですが、

痛みは個人の主観であり、例え相手が医療者であっても、

自分の辛さを理解してもらうには、正直に申告するしかありません。

 

医療界では、個人が感じている痛みの「程度」を知るために

“10段階のうち幾つくらいか”で表現してもらう方法が取られています。

しかしこれでさえも、我慢する傾向の強い日本人に有効な方法か、

若干の疑問はあります。数字で表してみて下さい、と言われるとかえって控えめになる

可能性もなくはありません。

 

今から考えると、あの時の痛みが10段階のうちの幾つだったか評価する事は難しいで

すが、皆さんが体験する痛みが10段階のうち5とか4でも、

それを「比較的小さな痛み」などと他者が評価する事はできません。

何段階であろうとも、痛みを取り除きたい、もしくは軽くしたい、

と思ったらためらわずに医療者にその気持ちを伝えて欲しいな、と思います。

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