*⁂*乳がんと私-病が導いた本当に望む「人生」との出会い-*⁂*

乳がんを宣告されて今年で6年目。看護師である私の闘病体験を通して、自分らしさや女性としての生き方について考える時間を提供します。

乳腺全摘+乳房再建術の手術当日の記憶

みなさん、こんにちは

miraiです。

 

今日は、いよいよ手術当日の記憶を手繰り寄せてみようと思います。

前回は入院当日からこの日に至るまでの経緯を書きました。

入院から乳腺全摘術前日までの記憶

 

絶飲食が続くせいで、身体が冷えて、心なしか寂しさがピークを迎えた頃、

看護師さんから「手術室に向かいましょう」と声がかかりました。

 

術衣は袖なしの薄手なものなので、

手術室前室の入り口(病院にもよりますが、手術室そのものに入る前に設けられている

空間を前室と言います。ここのスペースを通じていくつもある独立した手術室に繋がっ

ています。大抵はここで病室の看護師さんと手術室の看護師さんが申し送りをし、

患者さんを引き継ぎます。)

まで、カーディガンを羽織らせてくれました。

 

前投薬(緊張をほぐしたりする作用の薬で、大抵は筋肉注射などで投与される)は

確かなかったので、手術室まで歩いて行きました。

 

実は、全身麻酔下での手術を受けるのは初体験で、

患者さんの気持ちはやはり実際の当事者になってみないと分からないものだ・・

とぼんやり考えていました。

 

手術室には約10名くらいの医療者がいて、色々と準備をしていました。

ベッドに横になり、衣服を脱がされたり、

術部の確認など色々されながら手術室の天井を見ていました。

右か左かの確認はとても重要です。

 

そうしている内に、前日お会いした麻酔科の女医さんが声を掛けました。

 

「今日は宜しくお願いします。夕べは良く眠れましたか?」

 

優しい声の先生でした。

 

私は、短く「ハイ」と答えて、続いて説明される麻酔の手順を聞きました。

 

「これから麻酔をかけますが、先にマスクを口と鼻に覆います。

ゆっくりと一から順に、私と一緒に数えましょう。

何か言って置きたい事とか心配事はありますか?」

 

私は、良く分からないので、「いいえ、ありません。宜しくお願いします。」

と答えると、先生は「では、マスクを当てますよ。」と言い、

透明のマスクを優しく顔の上に載せました。

 

「はい、miraiさん、数えますよ。いーち、にーい・・・」

 

次に意識が戻って来たのは、また女医さんの声ででした。

本当に、意識がなくなってから一瞬でした。

 

「miraiさん、まだ喉に管が通っています。

今からこれを抜くので手を動かさないで下さいね」と

やや大きめな声で話しかけられました。

 

「大きく息を吐きましょう、行きますよー、いち、にの、さんっ!」

 

と言って、呼吸を管理するために気管に通していた管を抜きました。

 

刺激で「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」と咳が出ました。

私は、20代の頃、アメリカドラマの「ER」にハマっていて、

その時に何度と見た抜管の時と同じだ・・と頭の中で考えていました。

 

その後、何度か「深呼吸しましょう~、はい、吸って―、吐いて―」と

深呼吸を促されました。

声掛けがないと普通にドーンと深い眠りに引きずり込まれてしまいます。

酸素マスクを着けられてそのまま眠ってしまいました。

 

どこか痛い、とか息が苦しい、とか痰が喉に絡む・・とかそんな苦痛もなく、

ただただ眠く、声をかけられれば何とか返事をしましたが、返答するのに必死でした。

 

で・・

その先、どうやって病室に戻って来たか、全く覚えていないのですが・・

すみません、役に立つ情報が言えず・・苦笑。

恐らく、手術室内の観察室で数時間程度全身観察して頂いたと思います。

(そう、術前に説明がありました)

 

とにかく、病棟に帰って来てベッドの上で

酸素マスクで酸素投与を受けながら眠っていました。

姉が病室で待っていてくれたのも気が付きませんでした。

 

まだ、病棟に戻っていくばくも経たない頃、

まだまだドロドロ眠っている私のもとに主治医(執刀医)がやって来て、

「お疲れ様でした。迅速病理の結果、腋窩への転移もなく、

予定通り手術が終わりました」と告げました。

姉にも聞いてもらったので良かったのですが、

こんなまだ殆ど麻酔の影響が抜けない状態の患者さんに

腋窩転移がなかった」と大事な告知をしていくのかよ・・

と頭の中で考えが浮かんでいましたが、

必至で、「ハイ、ハイ」と答えていたのは覚えています。

 

私がひたすら眠っていたからでしょう、

しばらくすると、姉は「じゃあ、miraiちゃん、お姉ちゃん帰るね。」

と言って帰って行きました。

呂律の回らない口で、「ありがとう、気をつけてね」と返答しました。

 

私は、どのくらい眠り続けていたか、全く見当もつきません。

記憶があるのは、消灯が過ぎたと思われる頃からで、

看護師さんが何度かバイタルサインを確認し、

その度に「酸素マスクを外して鼻の管に変えますね(経鼻的に酸素を供給する、

と言う意味です)」とか、「喉は乾きませんか?」など聞かれた事です。

 

今現役で働く看護師さん、これだけは覚えておいて下さい。

手術を終えたその夜は、意識はまだボーっとしていて、とっても眠いのですが、

「聴覚」はかなり敏感だ、という事です。

 

特に、酸素の接続器具や金属のような重いものを扱う時は、気をつけて下さい。

看護師さんは普段の業務のようでも、

「ガチャ、ガチャ」「ガチャンッ!」という音が頭の中で響きます。

酸素投与の方法を切り替えたりする際に、

病院本体の中央配管に接続する器具を変えたりする作業が必要になったりします。

私は、看護師さんがする作業が分かっているので、

「あー、今あれを外して、あれを付けているんだろうなー」と分かっていても、

音が頭の中にダイレクトに振動として伝わるのです。

看護師さんがわざとうるさくやっていなくても、音が響くのです。

 

暗くて辛い夜を超え、早く朝を迎えたい手術後の患者にとって、

この「音」による睡眠の寸断は、かなり辛いはずです。

現に私はこの時の記憶が鮮明です。

 

術後の酸素投与は、恐らくルーティンとして行われていると思います。

麻酔科の医師によってはそれを指示しない人もあるようですが、

大勢の患者さんを観察する責任のある看護師さんにとっては、

「酸素しなくていいよ」と言われると若干不安になってしまうだろうな・・

と思いながら以下の記事を読んでいました。

参考リンク:

knight1112jp.at.webry.info

 

 一般的には、全身麻酔後の低酸素症を防止する事が一番の目的です。

全身麻酔中は、身体の全ての筋肉の活動を止めるため

「筋弛緩剤」と言うものを投与されます。

後は麻薬も使用しますので、それら薬物の残存による

様々な合併症による低酸素状態を防ぐために、術後一定時間酸素を投与します。

 

手術時間や術式などにもよりますが、

呼吸器に外科的侵襲のない手術の場合は朝までに酸素投与が不要になるケースが多く、

私も朝方酸素の管が外されました。

 

時間の経過と共に麻酔が抜けて来て、意識も少し戻って来ます。

が、それと共に増すのが「痛み」です。

手術後は背中に麻酔薬投与のための管が入った状態で帰って来ます。

 

硬膜外麻酔と言われるもので、術後の痛みをコントロールする為に必要なものです。

乳腺を全摘する場合、乳頭から切開を入れ、乳房内の乳腺を摘出して行きます。

ですので、乳房内部は内皮だけが残り、その内側全面は傷がついている状態です。

表面的な傷はお乳のてっぺん、乳頭があった場所にに出来た正中創だけですが、

内部は組織を切除された面が存在します。

 

加えて、同時再建の場合「エキスパンダー」と言われる

乳腺切除後の空洞をお乳の形に保つ「水風船」の様なものを挿入して来ます。

 

ですので、手術後早期の痛みはかなり強いのは普通です。

硬膜外麻酔は継続的な鎮痛剤投与が可能で即効性も持続性もあるので、

それで当面の痛みをコントロールします。

常に微量で一定量の痛み止めが創部のある部位に効く部分に流れているイメージです。

痛くて眠れなかったり、我慢できない場合は一時的に薬を「早送り」して

多く投与する事が出来ます。

 

ただし、この管を通して感染合併症を引き起こすと

ダイレクトに脳に菌が入ってしまうため、手術後早期に抜くのが一般的です。

 

私は、あまり良く覚えていないのですが、術後の朝方から何となく麻酔の影響が切れ、

痛みが強くなって来て数度「早送り」をお願いした記憶があります。

それで痛みが和らいだか・・と言うと、ちょっと鮮明に覚えていないのですが、

恐らく「気分」で納得し、再度眠りに入ろう・・の繰り返しだったと思います。

 

先程も申しましたが、これが私の初の全身麻酔による外科手術の経験でした。

医療側からすると、麻酔の影響が長く残る事はかなりの問題であるため、

時間の経過と共に意識が戻って来る、意識がはっきりしてくる、

という事は必要なのです。

 

それと共に、色々な辛い事、例えば「痛み」とか、

「痰が絡む」とか「喉が痛い(※麻酔中に入れていた管の影響で喉が痛くなったりイガ

イガしたりする人もいます)」とか、「喉が渇くけれど飲めない(※全身麻酔後、腸内

運動が再開する一定時間消化器器官を動かせないため経口摂取が出来ません)」

などが意識下で自覚できるようになって来ます。

 

辛さは、個人の「主観」によって度合いが違います。

私はとにかく「朝が来るまで。そして、はっきり目覚めるまでは我慢しよう」

と考えていたので、黙って看護師さんのケアに従う事にしていました。

 

もちろん、自分の許容範囲を超えて辛い場合は、

術後に使える指示薬、例えば「眠れる処置」などが用意されています。

もし、看護師さんが立てる音が気になるようでしたら、

率直に「もう少し静かにして下さい。」と言っても良いのです。

 

私は、この経験で何を想ったか・・。

「看護師として私がしてきた事、出来ていなかった事を猛省」でした。

この点については、退院までの入院生活を総括して別の記事で書ければなぁ・・

と思っています。

 

時間の経過とともに意識もはっきりして来て、痛みなども感じるようになり、

ようやく朝を迎え、不安だらけだった術直後の夜は明けました。

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